羽海野チカ作品の名シーン集
その他(文学)

堀辰雄『風立ちぬ』と芥川龍之介の末期の目

堀辰雄『風立ちぬ』と芥川龍之介の末期の目

映画『風立ちぬ』の下敷きになった堀辰雄の小説『風立ちぬ(1938年)』。

この小説では、結核を病んでいる節子の台詞として、「あなたはいつか自然なんぞが本当に美しいと思えるのは死んで行こうとする者の眼にだけだとおっしゃったことがあるでしょう」という言葉があります。 

この台詞は、おそらく堀辰雄が師として傾倒した芥川龍之介の自殺(1927年)の際に残した遺書「或旧友へ送る手記」に由来するものでしょう。

芥川は、その遺書のなかで死に至る心理を冷静に記します。

有名な「ただぼんやりとした不安」という一節も、この手記に登場します。

芥川は、自殺する者が自殺する動機として、ひとは生活苦や病苦、精神的苦痛など様々な動機を発見するだろう。しかし、それは「動機に至る道程」に過ぎない、と綴り、「将来に対するただぼんやりとした不安」という言葉を残します。

そして、この手記の末尾で、芥川は、自殺しようとする自分に自然は美しい、それは「末期(まつご)の目」に映るからだ、と書いています。

自然はかう云ふ僕にはいつもよりも一層美しい。君は自然の美しいのを愛し、しかも自殺しようとする僕の矛盾を笑ふであらう。けれども自然の美しいのは僕の末期の目に映るからである。僕は他人よりも見、愛し、且又理解した。

出典 : 芥川龍之介『或旧友へ送る手記』

作家の川端康成は、芥川龍之介の「末期の目」について短い小論を記し、「あらゆる芸術の極意は、この「末期の眼」であろう」と書いています。

そして、この「末期の眼」がもっとも現れ、狂気の世界に踏み入れた恐ろしさがある芥川の作品として、晩年に一部が発表され、残りは遺稿として発見された小説『歯車』を挙げています。

堀辰雄も、『歯車』について「生涯の大傑作」と評しています。