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歴史用語

土偶とは

土偶とは

土偶どぐうという言葉、一度は聞いたことがあって、「ああいうものだろうな」という映像も、なんとなく浮かぶと思います。

ただ、実際に、あれがなんなのか、何時代のもので、なんのためにあったものなのか。また、他に似たようなものとして埴輪もあるが、土偶と埴輪の違いはなんだろうか、といった細かい点になると、よくわからない、という人も多いのではないでしょうか。

僕自身、土偶を説明してくれ、と言われると、土偶は土偶だよな、としか答えようがない状態だったので、この辺りを、なるべくわかりやすく簡単に解説したいと思います。

土偶

画像 : 土偶 青森県 縄文時代(Wikipedia)

画像 : 土偶 長野県 縄文時代(文化遺産オンライン)

画像 : 文化遺産オンライン

実際の土偶の写真を見ると、「そうそう、これが土偶だ」と思いますが、冷静に考えると、「なんだこれは?」となります。

人間のような、人間でないような姿。目が大きいものや、線の細いフォルムなど、不思議な特徴を持った人形で、宇宙人と言われても納得してしまうような、異様な姿形をしています。

たとえば、一番上の目が異様に大きい土偶は、イヌイットなどが雪中行動する際に使うスノーゴーグル(遮光器)に似ていることに由来し、「遮光器しゃこうき土偶」という名前で呼ばれています。

いずれにせよ、謎多き土偶。

まず、「土偶」の意味を整理すると、ざっくり簡単に言えば、縄文時代に、日本列島で作られた土人形のことを指します。

時代は、「縄文時代」です。

日本における人形の起源も、この土偶だと言われています。

土偶(どぐう)

縄文時代に、日本列島でつくられた土人形。

縄文時代というのは、日本列島における時代区分の一つで、「紀元前13000年頃から、約1万年以上ものあいだ続いた長い時代」を指し、その縄文時代に、日本列島で作られた土人形が土偶です。

また、土偶は、「土人形」ということで、材料は粘土を使用し、火で焼いて固くしています。

この土偶の定義というものは、実はあまりよく定まっていないようで、一番狭い意味では、「縄文時代に日本列島で作られた土人形」という意味になりますが、この定義だと、同じようなものでも、人間の形をしていない、動物や道具のようなものの場合、土偶とは呼ばれません。

その場合は、 「土製品」という味気ない扱いになり、一方で、広い意味では、こういった「土製品」も含めて、土偶と呼ぶ場合もあるようです。

ただ、基本的に、「土偶」と言ったら、この人間っぽい形の人形をイメージするのではないでしょうか。

現在、土偶は2万点ほど見つかっているそうで、まだまだ多くの土偶が眠っていると考えられています。

縄文時代において、土偶が相当作られたのでしょう。

そしてまた、弥生時代の頃になると、土偶は、突如姿を消してしまっているようです。

土偶の存在した理由

それでは、いったいこの土偶はなんの形をし、なんのために作られたものなのでしょうか。

まず、土偶の多くが、「わざわざ壊されて埋められていた」、という謎があります。

長い年月の末に、自然と壊れてしまったのではなく、わざと壊して、その上で埋めていた、ということから、作ったあと、壊すことまでひっくるめての意味合いがあったのでしょう。

バラバラに壊される土偶、一部だけが壊される土偶、壊されない土偶、といった違いもあり、用途が異なっていたのではないか、という指摘もあります。

また、土偶の性別に関しては、最古の土偶から、「基本的に女性、あるいは妊娠している女性」を表現していると考えられる特徴が見られます。

ただし、縄文時代の後期に入ると、男性とも女性とも思えるような、両方の特徴を備えた土偶も出てきているようです。

妊娠している女性をかたどった土偶を作り、壊してから埋める、ということが行われていたと考えられる縄文時代。

土偶が、一体なんのためにあったのか、その理由に関しては、正確な事はわかっていません。

ただ、いくつかの説があり、たとえば、その一つが、再生の祈り・豊穣祈願説です。

縄文時代の人々の死生観が、「円環する命」であり、自分自身が姿形を変えながら、自然のなかに帰っていく、さまざまに循環していく、そしてまたこの世に帰ってくる、といったものだったようで、この死生観において、命が生まれる、すなわち「再生」の象徴として、女性の形の土偶が作られたのではないか、という説です。

土偶を、「わざわざ壊す」というのも、再生の象徴である土偶を壊すことによって、より再生を促す、といった意味合いがあったのではないか、ということのようです。

この再生への祈りというのが、土偶における存在理由の一つの有力な説です。

他にも、鎮魂説や、人形ひとがた説、なかには子供のおもちゃ説などもあるようで、文字も記録もない時代なので、なぜ土偶があったのか、といった点は、まだまだ謎の多い、奥深い世界のようです。

この辺り、気になったら、色々と記事や本、YouTubeの動画などもあるので、探してみてはいかがでしょうか。

ちなみに、土偶と混同しやすいものとして埴輪があります。

土偶と埴輪はにわの違いですが、埴輪は、そもそも土偶とは時代が違います。

土偶が、「縄文時代」なのに対して、埴輪は、3世紀半ばから7世紀末の「古墳時代」になります。

埴輪

埴輪は、古墳の上に並べ、大王の埋葬儀礼のためにあったようで、死者の魂を守ったり鎮めたりする意味合いがあったのではないか、と考えられています。